夜明けの富士


  もうかなり前のことですが、富士の写真を撮っていた時期がありました。休日ごとに一般人はまだぐっすり眠っている時間に起きだして撮影地に向かいます、それも冬の一番寒い11月下旬から1月上旬の時期だけ、私のお気に入りの撮影場所は本栖湖浩庵荘前、自宅から片道約50kmありました。それでもまだまだ近い方で、関東各地、特に東京、横浜辺りから毎週休日ごとに通って来る人たちが大勢いて顔なじみにもなりました。野鳥の撮影も結構高価な道具が必要ですが富士も負けず劣らずハッセル、ローライ、ジナー、リンホフなどといった中判大判のカメラがずらりと並びます、富士にはそれほどの魅力があるのでしょうか。他の方々も多分そうだろうと思いますが私の場合もせっかく寒い中を出かけていってもカメラをセットするだけでシャッターを切れるのは5回に1回あればよい方、気に入った絵になるまでは決してシャッターは切らないぞという気持ちでじっと富士に向かっていました。平成4年の1月10日、本栖からの富士としては太陽がもうかなり東に行ってしまいシーズンの終盤ギリギリの時期、その日は不思議と私と横浜ナンバーのパジェロの方2人だけ、湖面は油を落としたように重く静まり返り、東の空遠くに低く薄い雲、日の出前30分頃、夜明け前の富士が背にした大空は太陽を中心とした黄色から周辺にいくにしたがい紫色のみごとなグラデーションを描き、しかも湖面は横切る一瞬の風が変化をくわえて、本栖橋の灯りまではっきりと映してくれ ました。こんな富士にお目にかかったのはもちろん初めてです。このときの写真をある写真展に出したところNTTの方の目にとまり、テレカにしていただきその年の10月に24万枚を発売することになりました。